海外のチップ制度が嫌いだった人間が、「なるほど必要だ」と気づいたチップのメリット

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こんにちは、今日はチップの話です。

皆さんは初めて海外に行ったとき、チップについて

「いくら払ったらいいかわからない」

「初めからサービス料金に含めてほしい」

と思ったことが一度はあるのではないでしょうか。

たしかに非合理的な仕組みではありますし、最近ではアメリカでチップ廃止の動きなんかもありますよね。

かくいう私もずっとチップ反対派でした。しかし、今日はチップについて意外なメリットがあったので紹介します。

ずばり、メリットは正当な対価を支払えるところ

結論から言いますと、チップのメリットは正当な対価を店側に支払えるところになります。

は?と思った方もいるかもしれませんので、以下の2人のやり取りを少し見てください

—-東京 15:00——

A「きいてよ!この前行った居酒屋がぼったくりでさぁ」

B「良くなかったの?」

A「もう最悪!2000円のお刺身頼んだんだけど、少なくてね、ありゃ1000円くらいのものだよ」

B「それは嫌だね、俺ならクレームいれるよ」

A「言ったんだよ!そしたらドリンク一杯サービスになったんだけどね」

B「まあそうだよね」

A「ところで、そこのファミレス仕事でよく使うんだけど、便利だよ。1000円のコーヒーセットで粘れば3時間は時間使えるんだ」

B「え、それは助かるね、ネットカフェいったら3時間2000円はするよ」

A「そうなんだよ!お得だろ」

と、一見何気ない会話ですが、お気づきでしょうか。

そうです、居酒屋で1000円ぼったくられたとき、人は店側に嫌悪感を抱きますが、

自分が1000円分利益を得た時は、なんの罪悪感も持ちません。

このAさんに対して「じゃあ1000円分チップ払えよ!」なんていう人はいないでしょうし、

Aさんの立場で、お支払いの時に色を付けて支払う、という人もほとんどいないと思います。

つまり、このように「思ったよりいいサービスをしてくれた」とか、「自分が得しすぎてしまった」というときに、対価を払えることができるのが、チップのメリットではないでしょうか。

では、なぜ日本人はチップを払うことに抵抗があるのでしょうか?

日本人は「買う」欧米では「交換する」

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あくまでこれは個人的な感覚ですが、日本人は物にせよサービスにせよ、一生懸命働いたお金で「買う」と考える人が多いようです。

わかりやすく言うと、2000円で買った商品が、たとえば1000円しか価値が感じられなければ「損した」と憤りますし、逆に3000円の価値があれば「得した」と喜びます。

つまり、店頭での物やサービスを購入したら「損得」があるものだと考えているのです。

一方で欧米では、物やサービスを、自身の資産(お金)と「交換する」という考えが文化としてあります。

さきほどの例でいえば、1000円の価値のあるものなら、自身の1000円の価値のあるものを渡す。3000円の価値のあるものを手に入れるなら、3000円の価値のあるものを渡す。

こういう考えです。

一見すると、日本人に比べて欧米人は物を買う前からさも価値がわかっているような書き方をしましたが、そうではありません。

物やサービスなんてピンキリですから、いい時も悪い時もあります。「損得」があります。

ただ語弊を恐れず極端な話をすると、欧米人の買い物は「損得を認めない」ところにあります。

損をしたらなら「返品」するし(あっちの人は当たり前のようにガンガン返品する)逆に得したときは「チップ」を渡す。そういう考えなのだと思います。

物々交換の時代には、日本にもチップの考えはあった??

皆さんが普段からよく使う言葉に「おつり」という言葉があります。

コンビニで800円の商品に1000円払えば200円もどってくる、あの「おつり」です。

この「おつり」の語源ですが、貨幣の流通が未完成で、物々交換で売買を行っていた時代、交換相手のくれた物のほうが価値があった際、「ラッキー♪」ではなく、超過分に相当するものを相手に返すという習慣がありました。

その返す物のことを、お互いの損得の「釣り合い」を持たせる、というところから「釣り」と呼んでおり、そこから由来したと言われています。

つまり、上記の例でいえば、おつりというのは「800円の商品しかあげてないのに1000円もらってしまった、だからあなたに200円あげるね」というものです。

計算式で表すならば、

1000-800=200

ではなく

800+200=1000

と考えるのが、本来のコンビニでのおつりの考え方なのです。

欧米では「おつり」のことを「change」(チェンジ)と言います。まさに交換です。

と、話がそれましたが、日本にも昔はこのように「貰いすぎたものは返す」という習慣がありました。それは、チップの考え方と、そう違わないと思いませんか?

サラリーマン・終身雇用・退職金が日本を変えた

では、かつてチップ(のような)文化のあった日本が、チップを嫌うようになったのは、なぜでしょう?

私は、決して日本人が衰えた、とか最近のワカモノガーとか、よくあるそういう類の話ではないと思っています。ただ、戦後の日本にとって、「交換」というのものそのものが、絶滅していっていったのではないかと考えます。その大きな転換点が終身雇用です。

終身雇用制度は、雇った労働者を退職までずっと企業が面倒を見る、という制度ですが、この制度が爆発的に広まったのは戦後でした。

敗戦後の限られた人員で経済を復興させるため、国家主導で終身雇用が全国的に普及されたのです。
「国・企業が労働者の生活を保証し、労働者は国・企業のために働く」という「お金を払うからその分奉仕してね」という関係性が、ここから生まれます。

そして見てのとおり、ここに「交換」の概念はなく、仕事の結果が良かろうと悪かろうと、奉仕し続ければ退職まで一定額の給付がもらえます。

「お金を払って仕事をしてもらい、その結果が良ければ嬉しいし、悪ければ文句を言う、しかし払う額は変わらない」

このような考え方が、労働を通して日本全体に定着していったのではないでしょうか。

話をもどして結論

ということで、チップはたしかに合理的でない場合もありますが(なんだか強制チップみたいなところとか)

「交換」という感覚が薄い現代において、店側や労働者の人に正当な対価を支払えるという意味で、デメリットばかりでもないのかな、と思っています。

ちなみ、ひらめいたのはヤマト宅急便の再配達が配達員の負担になっているというニュースのときでした。

私たちって「ぼったくり」には敏感なのに、「サービスに正当な対価を支払っているかどうか」の感覚ってほとんどないなあ、と思ったのがきっかけです。

皆さんはどう思いますが?よかったらコメントしてくださいね。

それでは~

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